日本における先駆者ゴルファーとはだれでしょうか?
日本で最古の公式競技は何だったと思いますか?
ゴルファーとしては知っておいて損はない話だと思います。
日本オープン選手権でしょうか?
それとも、日本プロゴルフ選手権でしょうか?
いえいえ、意外なことに「日本アマチュア選手権」なのです。
これは日本だけでなく、ゴルフ発祥の地・スコットランドでも、現在もっとも盛んにゴルフの行われている国・アメリカでも「アマ」の大会が公式ゴルフ競技なのですね。
アマチュアゴルファーの一人として、何か感慨深げなものがあります。
第1回の大会は日本オープンが始まる20年前の1907年に神戸ゴルフ倶楽部(六甲コース)で行われています。
しかし第11回大会まで優勝者はおろか、上位を外国人勢が独占し、「日本アマ」とはいえ、在日の外国人ゴルファー向けの大会といったようでした。
日本人の参加も第10回大会からで、初の日本人優勝者を出したのは第12回大会、場所は東京ゴルフ倶楽部(駒沢コース)が最初でした。
井上信選手が日本人初の日本アマチャンピオンになりました。
また、このときまで現在の18ホールのコースはなかったそうです。
初めて18ホールの本格的なコースは井上選手の優勝から4年後の1922年、程ヶ谷カントリー倶楽部が誕生し、井上選手は初代の名誉書記に選ばれました。
ゴルフの本場、アメリカの大会でプロ・アマを通して日本人で初めて優勝したのが赤星六郎選手。1924年のノースカロライナ州・パインハーストで行われたスプリングトーナメントでのことで、予選を5位で通過、決勝ラウンドのマッチプレーで逆転に次ぐ逆転で優勝をもぎとったそうです。
優勝のコメントがまたいいのです。
「実をいうと、知り合いのプロゴルファーと鴨狩りに行ったんだけど、その帰り、パインハーストで競技会があるというじゃない。のぞいてみようかという軽い気持ちでエントリーしたんだ。ダメだろうと思っていたら予選を5位で通ってしまった。それからいつ負けるかと毎日やってたら、とうとう最後までいって勝ってしまった。自分でもびっくりした。」
古き良き時代をしのばせるエピソードですね。
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