ゴルフボールの薀蓄〜ゴルフ用品の変遷について
ゴルフ用品の薀蓄について、ゴルフクラブに続き、今回はゴルフボールを取り上げます。
ゴルフがスポーツとして認知され始めた1600年代初めごろ、Sajet(サジェット)と呼ばれる羊毛でできた「フェザリーボール」が誕生しました。
以来およそ200年はこのフェザリーボールが主流でしたが、1848年にガッタ・パーチャと呼ばれる素材が登場し、このガッタ・パーチャを用いて「ガッタ・パーチャ・ボール」が完成しました。
このガッタ・パーチャ・ボールが生まれたいきさつをを少々書きます。
これには2つの説があり、一つ目は、1848年にロバート・アダムス・パターソンという英国の医師がビルマから贈られた記念品(シヴァ神石像)の包装用のパッキンに使われた白いゴム(これがガッタ・パーチャ)でボールを作ったという説です。
二つ目の説は、電信会社の社員が長距離用海底ケーブルの絶縁材料に用いられたガッタ.パーチャからボールを試作したと言われる説です。
どちらの説があっても、このガッタ・パーチャ・ボールは素材も安く、質も均一なため、近代ゴルフの発展に大いに寄与したといっても過言ではないでしょう。
しかし、ゴルフボールにはすっかりなじみとなった「ディンプル」は、まだこのころにはありませんでした。
そう、つるつるのボールを使用していたのです。
ディンプルが"意識"され始めたのは、このガッタ・パーチャボールに傷がつくとボールがより遠くに飛ぶことがわかり、1890年にはボールの表面にメッシュ(網目模様)を入れることが流行しました。
現在のボールの原型ができたのは、1905年イギリスでボールの傷をヒントにディンプルが発明されてからです。
日本でも1930年、イギリスのダンロップ社が日本法人を神戸に設立(1908年)し国産初の糸ゴムを丸い芯に巻きつけた「ダンロップ・ゴルフボール」を製造・発売しました。
その4年後の1934年にブリジストンがボールの試作を開始、35年に販売を開始しました。その後、ダンロップとブリジストンが互いに切磋琢磨しあって、世界のトップメーカーに成長していくこととなりました。
しかしながら、日本で最初にボールを製作したのは「日本ゴルフボールの元祖」前田英一氏であったようです。
1927年にファーイーストゴムという会社を岡山県玉野市に設立、欧米のボールを分析しつつ、主に輸出用でしたが、これが日本ゴルフブランドのアメリカ進出の口火を切っていたようです。
このファーイースト社は買収され、現在のキャスコにその伝統は受け継がれているようです。ボールひとつとっても、いろいろな歴史が隠されていることがわかります。
ゴルフを楽しむ、コースを回りながらの歓談のひと時に、こうした薀蓄を披露してみるのも興をそそるのではないでしょうか。
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