ゴルフクラブの薀蓄〜ゴルフ用品の変遷について
長い歴史を持つゴルフについて、ゴルフ用品の変遷について薀蓄を語ります。
まずはゴルフクラブを取り上げてみましょう。
1400年代のスコットランドは絶えずイングランドと戦争をしていたようで、ゴルフ禁止令を出したのもこのころのようです。
この当時の弓などの武器の素材として使用されていたのが、トネリコと呼ばれるモクセイ科の堅い木でした。これがクラブに最適だったので戦争の間に同じ素材を使ってクラブを製造していたそうです。
日本人の手で作られ始めたのは1928年とまだ歴史としては浅く、ヒッコーリーシャフトはもとより、スチールシャフトまでも当時は舶来物に頼っていたそうです。
アメリカより30年、スコットランドからすると300年も遅かったわけです。
1928年、兵庫県三木市の金物工業試験場に勤めていた松岡文治氏のもとに舶来品のゴルフクラブが持ち込まれ、日本でも作れるかどうか研究してはどうかというところから日本のゴルフクラブ製作歴史はスタートしました。
ロフトやライ角は?
フェースの表面の加工をどうするか?
当時の日本ゴルフ界創成期の福井覚治プロや宮本留吉プロ等などゴルフのプロ達に相談しながら試行錯誤、2年がかりでアイアンヘッドを完成させ、1931年には日本ゴルフ器具製作所を設立しました。
日本にはもともと奈良時代から仏像や釣鐘を作る技術があったのが、生かされたのではないかといわれています。
この国産初のアイアンヘッド誕生と時期を同じくして、今ではおなじみのゴルフメーカー、ミズノをはじめ、アリガやマツダといった5つのクラブメーカーが誕生しました。
ミズノは1906年に野球ボール、ウェアなどの販売会社としてスタートしました。
1931年にウィルソンの日本代理店となり、ゴルフ用品の販売を始め、1933年にはクラブ製造を開始しています。
「ミズノの軟鉄」という、世界にゴルフメーカーとしての確固たる地位を築いた軟鉄鋳造アイアンは有名であり、かのタイガー・ウッズもアマチュアからプロの最初まではミズノのアイアンに惚れ込んで使用していたことは有名です。
後発の日本も貢献しているのですね。
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