ゴルフの歴史は古くにさかのぼります。
歴史として記録に残っているゴルフの記録は、1457年にスコットランドで発令された「ゴルフ禁止令」まで、さかのぼることができます。
当時の中世ヨーロッパでは、各国間の戦争が絶えませんでしたが、実情はと言うと、国民や兵士がゴルフ三昧に明け暮れて、戦争に負けたり農工業の生産性が落ちるほどだったと言われています。
ゴルフは、19世紀に入ってゴルフクラブの量産ができるようになるまでは、ゴルフ場代わりの草原に穴を開け、ボールを棒たたいて入れるという簡易なものでした。
ゴルフ禁止令が出された後になって、国王自身がプレーを望んだがために、この「ゴルフ禁止令」は取り下げられ、ヨーロッパ、やがてアメリカに広まりました。
日本へのゴルフの到来歴史
ゴルフは、ヨーロッパで1400年ごろ盛んになり、日本には1900年代初めに、神戸に最初のゴルフ倶楽部が作られました。
戦後に東京近郊で行われた世界的な選手が集う協議会で日本人が優勝を飾ったことにより爆発的なブームが起こり、ゴルフ場の乱開発が環境問題に発展するほど増えました。
除草剤問題などはまだ記憶に新しいのではないでしょうか。
日本でのゴルフは、他国に比べてプレーにとてもお金がかかります。
ごるふはもともと、イギリスなどでは、低所得者、子供、年金生活者など誰でもが、安い料金でキャディーなどつけずに気軽に楽しめる庶民のためのスポーツです。
それがなぜ日本でのゴルフはプレーにお金がかかるのでしょうか。
ゴルフ場開発・造成の問題としては、
1.日本は平地が少ないため、ゴルフ場の土地のコストがかかっている
2.山合いにゴルフ場を作る場合の造成にも費用がかさむこと
こうしたことがあげられます。
ゴルフ場の開発費用を調達しようと、ゴルフ会員権制度を設け、一般から集めた資金で開発する方法が成功し、これが投機とも絡まって、ゴルフ場開発はすさまじい勢いで進展しました。
ゴルフ会員権の売買が、全盛期は高値で取引され、スポーツと投資による楽しみとされたことでますます企業や大衆に広まり、企業では接待ゴルフが定着しました。
バブルの崩壊と共に、狂乱的なゴルフ会員権相場は収束し、二束三文の紙切れ同然となったものも少なくはありません。
現在では、ばかげた行き過ぎた投資や乱開発は沈静化していますが、開発コストや公害対策などのツケやコストの高さの影響は大きく、まだまだプレーにはお金がかかっています。
しかし、コースを歩く運動、社交性、心理ゲームの要素など、ゴルフの魅力は付きません。
早く、誰でもが安心してゴルフプレーが楽しめる環境になる日が来ることを望みます。
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